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伊藤 洋和
Ito & Tay Associates Pte Ltd
Managing Director

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国債の消化能力から見る財政破綻までの猶予期間


はじめに


2010年度末での国・地方政府の長期債務残は GDPの180%を越える未曾有な状況となっていますが、日本の財政が十数年で破綻する可能性がどの程度あるのか、自分なりの認識を持っている人は極少数でしょう。
国民は、財政がすでに危機的状況となっていることを理解はしています。 しかし “個人金融資産が1400兆円もあるので、そう簡単に破綻するはずがない” といった短絡的な主張を鵜呑みにして、ほとんどの人は自分で日本の財政の実態を見極めようとは考えません。 財政破綻した場合のインパクトがとてつもなく大きいにもかかわらず、当事者意識がどうしてここまで薄いのか不思議に感じます。

1998年に自国通貨建債券でデフォルトを起こし、2000%を越すハイパーインフレに見舞われたロシアは、当時US150-200億ドルの貿易黒字を稼ぎだしていました。 しかしその資金が債券消化に還流しなかったためにロシア政府はデフォルトを宣言せざるを得ませんでした。 
国がいくら国債を発行しても、その国債を買う人がいる限り、財政は決して破綻しません。  日本は、金融機関・個人・企業の金融資産を効率的に国債消化に廻すしくみが出来上がっているため、これほど巨額な借金が積みあがっても破綻していないわけですが、 すでのその消化余力も限界に近づいています。

ロシアは、石油・天然ガスなどの豊富な地下資源も持っていたこと、さらに対GDP比67%の段階でデフォルト宣言をしたことで、結果的に数年後には経済を立て直すことができました。
しかし日本の債務金額はすでに恐ろしいほど巨額であり、また日本の外貨を獲得する力は近年急速に弱ってしまっています。  政界にも、また財界にも強力なリーダーがいない日本で財政が破綻した場合、ロシアのような復活はできるでしょうか。

本稿では、1980年頃よりの各経済部門の資産状況を巨視的に分析することにより、財政問題をできるだけ単純な図式で理解し、政府債券はすでに容易に消化できない状況となっていることを示すことで、財政が破綻へと向かう可能性を読者に現実のリスクとして理解してもらうことを目的としています。
国債は10年前と違って簡単に消化できる状況ではなくなっており、財政は10年以内に破綻する可能性が高いことを読み取ってください。



1.国の借金金額


財務省が発表している2010年度末の国および地方の長期債務残高は862.3兆円となる見込みです(国・地方の重複分調整済み)。 この数字に国庫短期証券の債務115円兆円や、公的金融機関からの借入金債務123兆円、政府関係機関債の債務25兆円(いずれも2008年末金額) は入っていません。
これらのすべての債務金額の合計額は1000兆円を軽く超えます。

まずこの恐ろしい金額の借金がどのように積み上がってきたのかを、国債の発行・残高推移を見ることで簡単におさらいしましょう。
表1. は、国および地方の長期債務残高の推移です。

国債の発行が本格化したのは1973年の第一次オイルショック後です。 それ以前は、財政はほぼ均衡していました。 現在の巨額な借金は、たかだか40年ほどで積み上がったのです。
1970年代に恒常化した財政不均衡は、バブル崩壊前には景気による税収増で10兆円程度のギャップにまで縮まりましたが、バブル崩壊後の税収減と、景気対策という題目での歳出拡大で一挙に30兆円以上に開き、多額の国債残高の金利負担が加わることで、債務増加に歯止めがかからない状況になったのです。
2003年、および2006年からの数年は、財政投融資改革などによる公的機関の資産圧縮でテクニカルに負債金額の増加を抑えてきましたが、リーマンショック後の景気低迷で、再び巨額の負債が積み上がる流れに戻ってしまいました。

この表には、日本のGDPの推移も載せておりますが、2008年からの落ち込みはまさに急激です。
景気対策のための財政出動による歳出増と、景気の落ち込みによる税収減で、中央政府の財政ギャップは一挙に50兆円を超えるという、とんでもない状況になっています。

これほどの財政危機を生み出した根本原因は、“税収の落ち込みや景気対策等の必要性から数年の期間は赤字財政が正当化されるにしても、長期的には財政はバランスさせなくてはならない”という当たり前の論理が政治家と官僚に欠落していたため、という一言に尽きます。 
最近 財務省は、「財政が危ない」 という情報を活発に発信し始めておりますが、増税を実現するための地ならしという本音が見え見えであり、この事態に及んで、政治家・官僚が、本気で一致協力する雰囲気は全く感じることができません。 



2.国の債務に対する債権者

国の債務は当然誰かの債権となっているわけですがが、果たして誰が債権者なのでしょうか。
表2. は、2008年度末時点での国債・財融債、地方債、政府関係機関債、国庫短期証券の債権保有者を部門別に集計したものです。
2008年度末時点での国債・財融債、地方債、政府関係機関債、国庫短期証券の総額(本論文では便宜上これを国公債=国の借金と呼ぶ)は936兆円にのぼります。
この936兆円の債権者の内訳は 金融機関が73%と大部分を占めており、一般政府が12.2%、非金融法人企業は1.4%、家計は4.1%、海外は6.3しかありません。 
一般政府とは 中央政府、地方政府、社会保障基金の合計ですが、この12.2%(114兆円)のうち86%(98兆円)が社会保障基金(国民年金など)の運用組織、や共済組合、健康保険組合など)の資産です。 
押さえておくポイントは、国公債債権は、金融機関と、政府機関で全体の85%以上を保有しているということです。 
日本では民間の金融機関は金融庁の強力な(絶対的な?)指導の下に活動しているという事情をかんがみれば、日本の国公債の所有は、安定債権者によって構成されていると言えます。
また海外保有が6%程度しかないということも特徴的です。

国の借金の直接的な債権者は主に金融機関ですが、その金融機関にその資金を提供してきた間接の所有者は"家計"です。
経済活動による付加価値は、企業に留保される部分を除いて、給与や配当といった形で家計( 個人)の資産となります。 日本政府が、政府系ファンドなどの形態で海外投資で収益を上げていれば、民間からの供給ではない金融資産が存在するわけですが、日本では(悲しいかな)そのような資産の創出はないので、金融資産はすべて民間の経済活動から生じていると言えます。
それらの資金のほとんどの部分は、いろいろな形で金融機関に預けられ、その金融機関の運用のひとつとして、国債などの国公債を買っているということです。

表3.は 家計の金融資産の内訳です。
日本人は資産運用に非常に保守的なので、資産のほとんどを銀行に預金として預けています。 銀行預金と保険・年金の部分は、金融資産全体の84%を占めており、この1183兆円が公債購入のためのもっとも重要な原資となっているのです。

一方 民間一般企業(=非金融民間企業)の金融資産( 表4.)でも、現金・預金の金額は、195兆円とかなりの金額になっています。 しかしこの現金・預金は、家計の現金・預金とはかなり性格が異なります。
国公債債券は長期保有が前提ですので、流動性を求めない、つまりある程度預けっぱなしにしてくれる性格の資金でないと国公債という資産にはなりません。
企業が銀行に預けているお金は高い流動性が必要とされる日々の活動資金か、もしくはキャッシュリッチな企業の余剰金です。  家計と違って企業は資金を預金として眠らせては置かないので、企業の金融資産は国公債のような流動性の低い資産を直接買うことは稀であり、MMFのような国債を組み込んだ、金融機関が流動性を保証している金融商品で間接的に多少の消化貢献をしているに過ぎないのです。 
この表で、もっとも大きな金額となっている 「その他の金融資産」の大部分は、買掛金、未収金などの流動資金であり、こちらも公債の購入に利用できそうな性格の資金ではありません。



3.国公債化を支えた資金供給

3-1 資金供給システムの構造
数十年に渡り発行されてきた国債を初めとする国公債が過去に日本経済の資金流動性を損なうことなく消化されてきたのは、民間企業が資産の純増を生み出してきたからです。
そして、この純増資産が、給与や配当として家計の純増資産となり、郵便貯金などの公的金融機関や、民間金融機関を通じて国公債を消化してきたのです。

表5.  は家計の金融資産残高の推移を示しています。
これは俗に言う “個人資産1400兆円” の積みあがりの歴史です。
2008年度末の金融資産1405兆円のうち、預金資産と保険資産の合計は1183兆円です。 残りの221兆円は株式や証券などであり、金融機関を通じて再投資することができない資産であるため金融機関を介しての国公債消化の原資という意味での個人(家計)金融資産は1183兆円となります。
( 221兆円のうち36兆円は、家計が直接にが買った国債の資産です。 個人国債の宣伝により1999年には約7兆円であった家計の国債直接購入残高は5倍以上になりました。 恐ろしい投資だと思いますが.......。)

家計の預金資産残高と保険資産残高の前年比増の金額(=資産の純増金額)は、1998年度までは毎年の国債残高純増分以上の金額となっていました。 
いくら財政が赤字でもそれ以上の純増資金が家計から金融機関に供給されていたいため、政府は消化できるかどうかの心配をすることなく いくらでも国公債を発行できたのです。
恐らくこの資金供給のシステムがなかったなら (例えば、国民が機械的に郵便貯金に金を預けるという行動パターンではなく、米国の様に株や債権で運用する行動パターンをもっていたら) これほど財政赤字を抱えることもなかったでしょうし、日本の政治家がこれほどの利権政治に走ることもできなかったでしょう。 
この‘金のなる木’が まさに日本の政治をだめにした温床だったのです。

さて日本の財政は破綻しないという主張される方が、もっとも多く揚げるその根拠は 「個人の金融資産が1400兆円もあるから」というものです。  しかし この見方は気休めであることが、表5.を見れば理解できます。
確かに2008年末では 家計の金融資産は1405兆円ですが、住宅ローンなどの家計の負債が378兆円あるのでネットの資産は1027兆円しかないのです。  すでに公的債務の残高は1000兆円を軽く超えており、国の借金以上に家計の金融資産があるというのは妄想です。


3-2 資金供給システムの停滞
膨大は国公債は、民間企業の資産増⇒家計の資産増⇒公・民金融機関を通じての資金供給というシステムに支えられてきたわけですが この資金供給システムは1999年頃から機能不全に陥っています。
預金残高と保険残高の純増金額を見れば明らかなように1999年以降、資産純増金額は激減してゆき、2008年度末の資産純増金額は5.8兆円となり、バブル期の10分の一程度になってしまいました。(表5

家計資産はなぜ、1999年度頃から伸び悩み始めたのでしょうか。
日本経済は1991年頃にバブル崩壊となりましたが、家計資産は1998年頃まではそれまでと変わらないペースで増えています。  バブル崩壊後に家計資産の伸びがすぐに落ちなかったのは、日本では賃金コストの圧縮には時間がかかるという事情に見出すことができます。
日本の企業は簡単に社員を首にしません(でした)。 自主退職を募った場合は手厚い退職割増金を支給します。 また賃金体系を変更しても変更直後に給与が大きく下がらないように経過処置を設けたりします。 景気低迷から資産増金額が頭打ちになるまでのタイムラグは企業が時間をかけて変革した人員の圧縮、賃金体系の変更がやっと1999年頃から一挙に効果を現し始めた結果なのです。

この家計金融資産の残高の変化は、当然ながら預け先である金融機関の資産残高に反映します。
民間金融機関の資産残高は、株などの証券の価値が大きく振れることや、経済活動の低迷による資産の減少などの要素が大きいことから家計資産の減少の影響をはっきり読みとることは難しいですが、5年間毎の推移を見てみると、バブル崩壊後に純資産増金額は激減し1998年度以降も減少していることが読み取れます(表6. )。 
(年毎の残高増減は、日経平均の値動きとあわせて見ると、よく理解できると思います。)

一方、公的金融機関の資産は、郵便貯金や簡易保険をはじめ、家計の預け入れ資金を運用している金額が大部分なので1999年度以降の残高に影響があるはずです。(表7. )。
公的金融機関は、財政投融資の預託金が二重計上されているので、預託金を除いた金額で見る必要がありますが、その残高は2000年以降ものすごい減り方としています。 
これは主に財政投融資改革による財投計画残高の減少と、政策金融改革の推進にともなう2006年からの減少によるものですが、この変化については、後述します。
制度改革による残高の減が大きいので、家計の預け入れによる影響がどの程度であるかを読み取ることは困難ですが、公的金融機関の中では、保険・年金の残高を見れば家計資産との関連が推察できると思います。


3-3 資金供給システムが復活しない理由 
さて景気が上向き、企業の収益が回復したらかつてのように家計の収支が大きく改善し、以前のように家計の金融資産が積み上がっていくでしょうか。  それは残念ながらあまり期待できません。

その理由は、まず企業を取り巻く環境の大きな変化です。 
M&Aによる業界再編や企業活動のボーダレス化による企業競争の激化、ITによる管理コスト削減競争、製品のライフサイクルの短期化、高い社会的信用の要求と信用失墜という経営リスクの増大、といった変化は経営にスピードと高い効率を強いています。 経営者は安穏と経営していれば簡単に足元をすくわれてしまうという危機感をもっているため利益を社員に配分せずに内部で留保する傾向が高まっています。
留保された利益はほとんど銀行に預けられているわけですが、留保金はある程度の流動性を確保しておかなければならない資金ですので、銀行としても長期債券を購入する資金としてはあまり使えません。 またいずれ留保金を設備投資や資本投資に使ったり、自社株買いに使う場合は当然ながら銀行預金ではなくなりますので国公債の消化資金にはなりません。
株主配当となる資金は、家計に廻ってくるわけですが、所得を単純に銀行に預け入れるという行動パターンは、高所得者層にはあまり当てはまりまらないので金融機関への預金を通じて国公債消化に使うことができる金額は数分の一になってしまうと思われます。

企業の労働分配率が下がり続けいてる背景には、一時雇い、時間雇いの労働力が容易に調達できるようになったという労働市場の変化も大きく影響しています。
派遣という労働形態を認めてしまったことは、パンドラの箱を開けてしまったようなものです。 今後 労働市場が売り手市場に形勢逆転すれば、派遣形態を禁止するような制度の導入も可能になるかもしれませんが、そこまで景気が回復しなければ、労働分配率は上向かないでしょう。

賃金の世代間格差の問題もあります。 日本の被雇用者賃金は、まだまだ旧賃金体系の恩恵をうけている熟年層に厚くなっており、熟年層が退職してゆくことで家計に移る資産は、団塊の世代の退職金による増加がピークを過ぎれば大きく減ってゆくことになります。 また個人の金融資産は高齢者が集中的に所有していますが、その高齢者の資産が次の世代に受け継がれるとき、若い世代によって一部は消費に回り、一部は株や投資信託などのより積極的な運用へとシフトするため国債の消化能力としては低減します。

さらに長期的に効いてくるマイナス要素として生産人口の減少があげられます。
日本の生産人口は今後毎年30-40万人程度減ってゆくことになります。
生産人口(15-65歳人口)の2005年と比較した減少率は、2025年で マイナス12.7%、2050年で マイナス 32.7% と予測されています。 就労者の人口が減る分に、就労者一人当たりの収入の増加が見合わなければ全体としての家計所得は当然ながら減ることになります。

上にあげたポイントよりも、断然インパクトが大きく、致命的な問題は、日本が時代の変化を読み取ることができず、世界で稼げる産業を育てることができなかったということです。 
日本はよい製品を製造することで驚異的な成長を遂げてきた国ですが、そこそこの製品は中国などの新興国でも作れるようになり、もっともボリュームのある世界の低所得層・中間層が購入する工業製品は Made in Japan 製品は完全に売り負けています。
アメリカのように世界を牛耳るような金融産業を育てることは日本ではもともと不可能であったと思いますが、製造関連産業でも携帯端末、太陽電池、原子力発電設備、LED照明、などなど世界で大きく稼げる産業を育成することは可能であったでしょう。 しかし 物作りそのものに美徳を見出す日本人は、よいものを作るだけではなく世界で高く売ってゆく努力がされに重要であるという認識に欠けているのです。 「よいものを作れば よい価格で買ってくれるはずだ」、という正攻法のロジックは、恐ろしいまでに発達してしまった大競争経済ではすでに通用しなくなっており、イメージ戦略、パテント戦略、提携などによる囲い込み戦略など、汚くても実が収穫できる手段を取らないと世界では戦えないという現実を、日本人は直視してこなかったということです。

戦略的な産業育成を十分に行ってこなかったことについては政府の責任も重大です。
国はこれだけ巨額の資金を国債を発行して調達してきたのに、人材育成も含め、日本の総合的な競争力を維持・成長させるという国の経済にとってもっとも大切な分野にはお金を使ってこなかったということです。 
この失敗は、もう取り返しがつかないかもしれません。

今後景気が回復してくる場面もあるでしょうが、多少企業収益が増えてきても、預金・保険といった間接的に国公債を消化する資金は大きく増えることは期待できません。
‘金のなる木’はすでに枯れてしまったということ、つまりかつて国公債消化を支えていた個人の純増資金からの供給がすでに止まったという事実を認識することが、日本の財政問題の深刻さを理解するうえで決定的に重要です。



4.資産シフトによる公的債券消化の限界

借金というのはどれほど積み上がっても貸してくれる人さえいれば行き詰ることはありません。 
貸し手がいなくなった時点で一気に行き詰るのです。 
国は、何とか金の工面がつけられるうちに借金依存体質を変えないと財政は間違いなく破綻することになります。

新たに生まれた資金での消化ができなければ、今ある資産で消化する以外ありません。 
つまり“資産のシフト”による消化が必要ということです。 
国がどの程度借金依存を続けられるかは、国公債に替わり得る資産がどの程度あるのかにかかっています。
そこで国民経済統計(SNA)の資産内容を分析することで国公債にシフトできる金額がどの程度あるのかを推察し、財政危機の逼迫した姿を明らかにしたいと思います。

国公債に替わり得る資産は、ほとんど金融機関に集まっています。それ以外は、政府の資産を除くと、家計のたんす預金と、企業の金庫の現金ぐらいなものです。 そこでまず公的金融機関と民間金融機関、さらに一般政府を加えたそれぞれ部門の金融資産内容を分析することで、資産シフトによる国公債の消化能力はどの程度あるのか推論してゆきます。


4-1民間金融機関の資産シフトによる国公債消化余力
表8. 民間金融機関の金融資産に占める国の借金部分の推移を示した表です。
2008年度末では 民間金融機関の金融資産のうち 354兆円が国公債で占められています。 この金額は、民間金融機関の現金・預金・貸出金以外の資産、すなわち株・債券・証券 という資産の40.9% までになっています。
この354兆円は、10年前の1998年度末では168兆円でした。 この10年間で2倍以上に増えたことになります(187兆円UP)。

その他の資産項目の残高推移を1998年度末と2008年度末とで見比べると、全体像がよく見えてきます。
民間金融機関の全金融資産は、この10年間で106兆円増加しています。 その中で国公債も含めた株・債券・証券 の資産は265兆円の増加となっています。 
20008年の日経平均株価は 13,843円、1998年の日経平均株価は 8,860円と激減していることで、株・債券・証券 の資産のうち株資産は46兆円にマイナスになっておりますので、株を除いた債券・証券で300兆円程度の増加であったことなりますが、このうち 187兆円が 国公債ということです。
残りの増加分のほとんど( 103兆円 )は、対外証券・債券、つまり海外への投資額です。
(対外証券・債券は、この10年で90兆円⇒193兆円と絶対額で2倍以上になっています。)

対照的にこの10年間で大きく減っている資産項目は民間企業などへの貸出金です。
貸出金は 1019兆円 から 846兆円 と 実に 173兆円も減っているのです。 これだけ貸出金が減っていれば景気が上向かないのも当然であるという数字です。
景気が悪いから貸出金が減り続けたのだという面はもちろんありますが、一方で不良債権処理のための自己資本比率の改善要求など金融機関に厳しいターゲットを強いたことで貸出金が減り、それが結果的に景気後退にさらに拍車を掛けたという面も大いにあると思います。

国公債残高が増えるのに呼応して貸出金が減っているということは、クライディングアウト(公債の市中消化による民間資金の圧迫)が発生しているということを意味します。
つまり 民間の貸出金を減らすことで国公債を消化するというパターンになってきているということです。
1996年以前はそのような相関は見られません。
これは過去10数年間、他の部門の資産シフトによる消化が能力的に頭打ちになったため、民間金融機関での国公債の消化金額が激増し、民間金融機関の貸出金という資産からのシフトによる消化とならざるを得なかったと見ることができます。 この視点で見れば、今後 国公債の発行のペースが落ちなければ、民間銀行の貸出金はさらに減らざるを得ないということであり、民間企業の積極的な投資も望めないということになります。 経済の拡大・成長が成し遂げられなければ いくら税率を上げても税収を大きく増やすことはできません。 すでに国の借金の規模はあまりに大きくなり過ぎたため「多臓器不全」を引き起こしているのです。
日本は、国債発行が止まらない⇒国債消化のために民間銀行の貸出金を減らさざるを得ない⇒企業の活動を抑え込む作用を及ぼす⇒税収が減る⇒国債発行が止まらない、という悪循環から抜けられない危篤状態ということです。

さて、国公債は今後どの程度 民間金融機関で消化することが可能なのでしょうか。
表9.は、2008年度末の民間金融機関の金融資産の内訳です。
それぞれの資産項目の内容を理解できる方であれば、貸出金以外の資産項目で、国公債の消化にシフトできそうな資産金額はあまり無いことが分かるはずです。
強いて言えば 定期性預金の114兆円、外貨定期の11兆円、金融債14兆円、対外債権 192兆円(153+39兆円)ぐらいなものでしょう。 
このうち対外債権は、民間金融機関全体の金融資産の10%程度であり、世界経済がボーダレス化した現状ではまだまだ低い数字と見るべきです。 自然な流れでは今後対外債権は益々増えてゆくはずです。 また定期性預金についても、定期預金といってもかなりの流動性を求められる性格ですので、国公債にシフトできる金額はかなり限定的と見なければなりません。

貸出金以外の資産項目のシフトによる国公債の大量消化ができないのであれば、貸出金を削る以外はない、ということになります。 ピーク時(1997年)から200兆円も減って 847兆円になってしまった貸出金がどの程度までさらに圧縮されるのか、それが今後 国公債がどの程度消化可能なのかを理解する重要なポイントです。 おそらくは、何かしらの特需でもない限り貸出金は減り続けることになり、その資金が国公債の消化原資に廻るという流れは当分続くことになると思います。
貸出金が、2008年末までの約10年間と同様に 200兆円ほど減って650兆円になれば、国公債はさらに200兆円程度消化できるでしょうが、その時には日本経済はさらに縮小し、また国際競争力も完全に失われてしまっていることでしょう。
国債が消化できずに財政が破綻するギリギリの民間金融機関の消化能力としても、対外債権などの他の資産項目からのシフトや、年間5-10兆円程度の資産増加を考慮にいれても250兆円から300兆円が限界でしょう。

 

4-2.公的金融機関の資産シフトによる国公債消化余力
次に公的金融機関の資産の国公債消化余力をみてゆきます。
表7B.は、前出の 表7 にさらにデータを追加した公的金融機関資産残高の推移表です。
まず、先に説明したように、郵便貯金の運用資金などは預託という形で特別会計に運用を任す形態であったため、郵便貯金の預託資産が特別会計の預託負債となり、特別会計の運用資産が二重に資産として計上されることになります。 よって全体の資産残高は 預託金を除いた金額で見なければなりません。
この表では 「預託金を除く公的金融機関資産残高 (c)」が、調整後の公的金融機関の全資産残高ですが、この残高は近年ものすごい減り方をしております。
1988年度末から1998度末までの10年間で450兆円も増えていたものが、1998年度末から2008年度末までの10年間では 197兆円も減っています。
これはほとんど住宅金融公庫の民間住宅融資の廃止、 道路関係4公団の民営化などの財政投融資改革による財投計画残高の減少と、政策金融機関の民営化などの政策金融改革の推進にともなう減少によるものです。 

一方 2008年度末までの10年間の公的金融機関の国公債資産の増加額は66兆円となっています。
貸出金を除く公的金融機関の全金融資産が 304兆円から319兆円と15兆円しか増えていないなかで、国公債を66兆円消化しているので、貸出金を除いた資産に占める国公債の占有率は、1998年度末までの10年間は 59.7% から 66.2% と 6.5% の上昇に対し、2008年度末までの10年間では 66.2% から 84.0% と 17.8%もの上昇を示しております。
しかし 公的金融機関の保有する国公債資産は2002年度末からはほとんど増えていません(15.4兆円のみ)。
国公債の消化は、公的金融機関で行うことが政府にとってもっとも手っ取り早い方法だったのですが、すでに公的金融機関での国公債の消化は限界に達していることを示しています。

貸出金を除く資産に占める国公債の割合は84%となっていますが、残りの16%の資産内容を見れば、公的金融機関の資産はすでに目いっぱい国公債で占められていることが確かめられます。
表9.は、2008年度末の公的金融機関の資産内訳です。
資産項目の中で、国公債にシフト可能な要素がある資産は、政府関係会社などへの株式資産11兆円(株式を民間に売却すればの話であるが...)、金融債 1.3兆円、事業債 5.3兆円、対外証券 3.3兆円 ぐらいのものであり、合計金額としても 9.9兆円です。 ただし 事業債は国公債に近い性格の資産であり売却により国公債を消化する原資にはほとんどなり得ないでしょう。

民間金融機関の消化余力の分析では、貸出金が現在残っている最大の国公債消化原資であると述べましたが、公的金融機関の貸出金資産も今後 国公債の消化原資になりえるのでしょうか。
理論的には貸出金を減らせば浮いた分の金融資産を活用できるはずですが、現在の公的金融機関の貸出金にはそのような性格の資金はほとんど残っていないと思われます。

公的金融機関のうち、年金・保険基金の資産の基本的な性格は運用資産ですのでほとんど融資資金にはなっておらず(2008年度末残高 18兆円)、公的金融機関の貸出金資産のほとんどは融資特別会計と政策金融機関の資産です。 融資特別会計(財政投融資)は民間では行えない事業に対する融資が目的であり、国民生活金融公庫・中小企業金融公庫などの政策金融機関は民間では行えない国民への融資・中小企業などへの融資を行う機関です。 よって、貸出金を減らしたらその分の負債を減らすことが求められるので、資金が浮いたからといって国公債を買うことはできません。
融資特別会計、政策金融機関が負債を減らせば、債権者である政府の資産に余裕ができることになるので、間接的には国公債を消化する資金にはなり得るわけですが、2000年度末の554.4兆円から8年間でほぼ半分の237.8兆円の減らし 316.7兆円になった貸出金に、簡単に削ることができる貸出金資産はほとんど残っていないでしょう。

財政投融資改革、政策金融改革は、言うなれば預託金というクッションによりいい加減になっていた融資システムをすっきりさせることでそれまでの膿を出し、またこれからも膿がたまらないようにしようという趣旨ですが、2008年の商工組合中央金庫と日本政策投資銀行を民営化、株式会社日本政策金融公庫の設立で一応の新しい形ができあがったところです。  とりあえず目立つ膿はすべて出し切った、削れるところは削り切ったというところですので、これから大きく削れる貸出金は残っていません。
(公的金融機関の貸出金資産は今後も統計上は減ることになりますが、それは主に民業に移管することによる減であり、政府が政策金融機関に対する債権を市場売却しないかぎり 消化原資として政府に余裕資金が生まれることはありません。)

公的金融機関の資産シフトによる国公債の残存消化余力は、せいぜい20兆円程度にとどまることは間違いのないところです。


4-3. 一般政府の資産シフトによる国公債消化余力
政府の抱える負債を政府が資産として持っているというのは不自然に聞こえますが、2008年度末のSNA(国民経済統計)では 114兆円の国公債資産を一般政府で保有しているという数字になっています(表2. 再参照)。
一般政府とは、中央政府、地方政府、政府機能に近い特別会計、社会保障基金のことを指しますが、114兆円の大部分である98兆円は社会保障基金の資産であり、残りはほとんどは特別会計による国庫短期証券の保有です。
公的金融機関の部門でも 年金・保険部門という分類がありますが、これは SNAのルールによって、一般政府に分類される部分と公的金融機関に分類される部分があるためです。
SNAのルール(SNA93)では一般政府の一部門となる社会保障基金の要件を「給付と負担がリンクしないこと」としているため、積み立て方式である厚生年金基金は公的金融機関の年金・保険部門に分類されますが、国民年金などの公的年金、公的医療保険、雇用保険、公務員共済組合等は一般政府の社会保障基金に分類されているのです。

政府が自ら発行した国公債資産を保有するのはおかしな話 ( それであればもともとその分の発行額を減らせばよいわけですので )であり、政府は国政を行うためにどうしても必要な不足資金を調達するために国公債を発行しているという前提に立てば、政府機関が国公債の消化に貢献するような余分な資産を保有していることは基本的に無いはずです。
その例外が将来の払い出しのための資金であるの一般政府の社会保障基金であり、もうひとつの例外が(本来的にはスムーズな貿易外貨決済を行うための)外貨準備資産です。
外貨準備資産については後述します。

ここで 2008年度末までの10年間に増えた国公債が、どの部門によって消化されてきたのかを見てみましょう。
( 表10. ) この10年間で 国公債の残高は 508兆円から 937兆円と 429兆円も増えています。 
(本当に恐ろしいスピードです。) 
増えた429兆円の大部分は金融機関と一般政府によって消化(金額 341兆円・貢献度80%)されているのが分かります。

一般政府による消化はほとんど社会保障基金によるものであり76兆円もの国公債が10年間に消化されたように見えますが、実はこれは制度変更に伴う統計上のマジックです。
財政投融資改革の前は、年金・保険機関の資産運用は預託制度により一旦特別会計に預け入れられ、年金・保険機関が保有する資産はそのほとんどが「預託金」として資産計上されておりましたが、預託制度の廃止により徐々に年金・保険機関が直接に国公債資産を所有する形になったため、国公債資産金額が急ピッチで増えたという数字になっているのです。
一般政府の社会保障基金の10年間の国公債の増額76兆円の大部分は、1998年末時点で公的金融機関の201兆円の国公債となっていた資産が預託金制度の廃止によって移ってきたものですので、社会保障基金に10年間で76兆円も国公債にシフトできる資産が残っていたのだ、ということではありません。 誤解無きように。

「3.国公債化を支えた資金供給」 で説明したとおり、国公債消化の最大の原資であった家計資産の純増が1999年にマイナスに転じてから、資産シフトによる国公債の消化が進んでいるわけですが 郵便貯金、年金、各種公的保険といった公的機関の資産で国公債へシフト可能な資産はすでにほとんど国公債に姿を変えています。 預託金制度の廃止によってこれまでの資産シフトの動きが見えにくくなっておりますが、2008年度末での資産項目を見れば、社会保障基金や、民間金融機関に分類されている厚生年金などの年金機関には、国公債にシフトすることができる資産がほとんど残っていないことが見て取れます。

表11.は、一般政府をはじめとするすべての公的機関の2008年度末の資産金額・負債金額を一覧表にしたものです。 もう一度 公的金融機関の年金・保険資金も含めて、その資産項目の内容と残高を見てください。
(注: この表では、純資産残高を示すため、預託金資金はそのまま資産計上しております。)

社会保障基金の資産項目のうち、多少なりとも国公債にシフトできる要素のある資産項目と揚げてみると、定期性預金 2.2兆円、非金融部門貸出金 4.2兆円、事業債 9.1兆円 、 対外証券投資 26.3兆円 といったところでしょう。 これらの資産がすべて国公債にシフトするということは不可能ですが、すべて合計しても 41.8兆円です。
(一方、公的金融機関の年金・保険部門も同じように、多少なりとも国公債にシフトできる要素のある資産項目は、事業債 2.0兆円、対外証券投資 1.3兆円 ぐらいのものでしょう。)

さて虎の子の外貨準備資産についてはどうでしょうか。
対外証券投資・その他対外債権が 外貨準備資産に当たりますが、一般政府 89.9兆円、日銀 5.0兆円と、あわせて94.9兆円の資産があります。
この外貨準備の大部分は米国債となっておりますが、さて日本はこの米国債を売却できるでしょうか。 政治の力関係からして現実的にはまず無理でしょう。
( 社会保障基金の対外証券投資の26.3兆円も、同様の事情で簡単に売却できる資産ではないと思われます。)

ここで多少横道に逸れますが、国の純負債 ( =債務超過 )について解説しておきます。
財政危機の議論の中で、「国の借金は確かに積み上がっているが 国は金融資産もあるので純負債としては大した金額ではない!よって破綻はしない」という主張をする方がいます。 
国債を誰も買わなくなるという事態は、国債が償還されないに違いないという考えが広がったときに引き起こされます。 将来において国債が償還されるかどうかの判断において純負債の金額はひとつの指標でしかないのですが、確かに 「純負債が実は小さい」 のであれば、国公債の償還の信頼性の礎になるので、もちろん その意味では純負債の金額を理解することは意味のあることです。 
しかし残念ながらすでに国の純負債の金額は、安心させてくれるどころかさらに不安感を掻き立てる数字となってしまっています。

表11.をもう一度ご覧ください。 この表は、公的機関すべての金融資産・金融負債をまとめたものですが、政府をはじめ公的機関のすべての純負債は537兆円です。
この数字はもちろん統計上は正しいのですが、しかし実際の国の純返済義務金額としては正しいとは言えません。
なぜなら、社会保障基金、年金・保険基金の資産も国の資産として勘定されているからです。 

年金や保険基金の資産は、国が国民に借用書を発行していないだけで、最終的には国民に給付の形で返済しなければならない資産です。 国民に返済すべき資産は当然売り飛ばすことはできないわけで、資産として勘定するのは、本質的に間違っています。 つまり、国の純負債は 537.7兆円に 一般政府の社会保障基金の純資産 193.7兆円と、公的金融機関の保険・年金基金の資産 4.9兆円を足した 746.3兆円と見なければなりません。 

国の債務超過がこれほどの金額になってもまだ国公債が消化され続けている事実を知ると、皮肉な意味ではなく、日本政府の統率力、日本国民の国への信頼感は驚異的だと感じます。 政府が民間も含めて金融機関をこれほど完璧に牛耳っていなければ、また国民が国の施策に対してもう少し猜疑心を持っていたならば、とっくの昔に財政は破綻しているだろう、という数字です。


4-4.資産シフトによる国公債消化余力の総額
国公債の消化に廻る資産増加が停滞してから、郵便貯金資産、公的年金・保険資産といった運用資金で国公債にシフトできる部分を総動員して国公債を消化してきましたが、それだけでは十分ではなく、民間企業の貸出金資金や、さらに公的金融機関の貸出金資金も削って国公債を消化してきた厳しい現実を、ここまで読み進んだところである程度理解いただいたことでしょう。

かつての国公債消化のメインストリームであった郵便貯金資金も、ゆくゆく国民へ払い出す原資である年金・保険の運用資金も、公的な役目を負った貸出金以外はほとんど国公債に変わってしまいました。
今後国公債にシフトすることができるかもしれない資産項目のわずかに残っている公的機関の資産金額を 再度 表11.で見てゆくと、公的金融機関で 9.9兆円、 一般政府の社会保障基金で 41.8兆円、 さらに 外貨準備高の94.9兆円をすべて加えても146.6兆円となります。
しかし 現実論としては、米国債などの対外証券の売却は最後までできないと思われますので、それを除くと 25.4兆円になってしまいます。

公的貸出金については、本来は景気の下支えや今後の日本の経済成長の観点からするとすでに削減し過ぎのレベルになっていると思いますが、中小企業の声よりも予算額保持の財務省の思惑力のほうが強いので今後も削られてゆく方向にあるでしょう。 公的貸出金は今後十数年間で数十兆円程度削られるとして、その金額も考慮に入れ、さらに対外証券を米国の怒りを買わない程度にある程度売却できたにしても、公的資産のシフトによる国公債の消化余力は、100兆円には達しないと考えます。

一方、すでに国公債消化のメインソースとなっている民間金融機関での消化能力は250兆円から300兆円程度であろうと先に述べました。
また、マイナーな国公債の消化部門である非金融法人企業、家計、対家計民間非営利団体、海外 が 2008年度末までの10年間とほぼ同じ金額を消化しえたとすると75兆円(表10参照)になります( 今後 経済規模がさらに縮小してゆくとすると、そこまでの消化貢献はできない可能性が高いですが........。)
すべての部門をあわせた国公債の消化余力は、最大に見積もって 425兆円から475兆円といったところではないかと思います。


5.財政破綻は避けられるか

2008年度末からの十数年という時間軸で見た場合、国公債は最大でも475兆円程度までしか消化できないだろうと推論してきました。
2009年、2010年では されに90兆円ほどの公的債務が積み上がる見込みとなっておりますので2010年の末での国公債の消化余力は最大で385兆円ということになります。

国公債の消化余力が最大で385兆円ということは、2009年、2010年のように毎年40兆円を超えるペースで国公債が増え続ければ財政は10年はもたないということです。
破綻を回避するためには、この10年ほどの間に財政を均衡に近づけることが必要ですが、日本経済の縮小で税収は落ち込み、行政コストの削減は進まず、また社会保障費は高齢化で増え続けており、国債を初めとする公的債務の積み上がりスピードは減速してゆくどころか、加速してゆきような様相です。
財政危機はすでにクライマックスを迎えていると言わざるを得ません。

財政状態を改善させるには、収入を増やす(=税収を増やす)、支出を減らすという2つの方策しかありません。
税収については、日本の国際競争力が急速に落ちてきている中で、また日本の労働人口も今後減ってゆく中で、自然増を期待することは望めません。
増税はいずれにしろ避けて通れない状況ですが、現在の増税議論の中心は消費税の5%から10%への引き上げであり、期待される税収増の効果は10兆円程度です。 世界主要国の中で尖出して高い法人税の引き下げとセット導入される可能性が高いですが、その場合は税収増はある程度相殺されてしまうことになります。

日本の財政状態は2010年度の見通しでは、国の税収39兆円、地方の税収33兆円、合計72兆円の歳入に対して、国と地方の財政支出が115兆円であり、43兆円の長期債務が積み上がるという収支です。
財政を破綻させないために、財政支出削減だけで財政均衡を実現する、つまり借金が増えない状態にするには、財政支出を約4割削減しなければなりません。
仮に消費税の引き上げなどの増税により歳入が10兆円増えたとしても財政支出を約3割削減しないと財政は均衡しません。
(財政支出のうち約10兆円は国債などの利払い金なので、母数を105兆円と考えると、財政均衡のための削減率は、税収増を考えない場合で 41%の削減、10兆円の税収増を見込んだ場合で32%の削減が必要ということになります。)

利払い金を除いた105兆円のうち、年金・医療保険などの社会保障費を除いた支出は約70兆円です。
将来の給付を保障している社会保障費関係は大幅に削ることはできないので(それどころか確実に増えてゆくのは必死です。)、 それ以外の支出で、増税分の10兆円以外の33兆円の削減を行うとすると、約5割を削減しなければならないということになります。
人件費も一律半分にするとすれば、学校の先生も含めて約400万人いる全公務員の3割の人員を削り、残った公務員の給与は一律30%カットするというような施策が必要ということですが、どう考えてもそのような改革を10年間で成し遂げることは不可能でしょう。

財政破綻の回避は、増税と歳出削減の努力だけではすでに無理なのです。
公的支出を大幅に削減しようとすれば、公務員の数はどうしても減らさなくてはなりませんが、その削減数に見合う雇用が創出されている経済状況でなければ公務員は減らせません。
また公的支出による需要は、日本のGDPの1/3を占めており、急激な公的支出の削減は直接に景気後退を引き起こしてしまうので、公的支出の削減による需要減をある程度相殺してくれるような需要の創出、つまり民間部門の経済成長がないと、10年といった短期間での財政改革を行うことはできないのです。
つまり 経済成長なくしては確実に日本の財政は破綻するということです。

ここで 民間金融機関による国公債の消化余力の分析を思い出してください。
過去10年の国公債の大量消化は、民間金融機関の貸出金が減った(減らした)ことで可能になったのです。
そして今後も民間金融機関の貸出金が減らないと国公債は大量に消化できないのです。
ということは日本はすでに、財政収支の改善が遅くなれば遅くなるほど、民間企業の活力は減退してゆくことになり、日本経済の国際競争力・成長力が殺がれることで、財政均衡はますます遠のいてゆくというスパイラルに突入してしまっているということです。

日本ほど財政問題で一枚岩になっている国はありません。 政府は金融庁を通じて民間の金融機関に対し完璧な指導力(支配力?)を持っており、決して勝手なまねはさせません。 国民も一億総玉砕の精神を堅持しているわけではないでしょうが、ストライキを起こすでもなく、国に対する漠然とした信頼感をもち続けています。
この構図は簡単に変わらないので、今後 財政支出の削減が思うように進まなくとも、民間も金融機関も、国民も政府へ謀反の反旗を翻すことなく協力を続けてゆくでしょう。
結果的に、今後385兆円よりもさらに国公債が発行され続けてもさらに民間の貸出金を極限まで削り続けることで消化し続けてゆくということも有り得ると思います。
しかしその時の日本は、海外からは「発展終了国」と呼ばれ、国際競争力は地に落ち、その後に財政破綻を契機として国の再建を目指すことになっても、そんな潜在力はどこにも残っていない国になってしまっているでしょう。



蛇足 : 日本の財政問題に見る ” 太郎と花子の構図 ”

日本の国公債残高は、約1000兆円ですが、これは世界のGDPの20%以上という途轍もない金額です。
もし日本が発展途上国型の破綻(つまりハイパーインフレとその後の長期的な不況を引き起こす破綻パターン)となれば、世界規模の不況を引き起こすことは確実です。
それでは、日本政府がデフォルトの危機に直面した時、IMFやアメリカが助けてくれるでしょうか。
韓国は1997年に大手財閥が次々に破綻したことに端を発し1998年3月にデフォルト寸前の状況を経験しました。 この時は間一髪のタイミングでIMFの支援が決まり最悪の事態を回避することができました。このときのIMF支援金額は歴史上類を見ない大規模なものでしたが、それでも6兆円程度です(US$556億)。
日本の債務規模は桁が二つも違います。もし日本が債務不履行を回避するためにIMFに支援を求めても、日本の債務金額を長期に渡り支払い保証できる資金力はIMFを含め世界中どこにもありません。
財政が行き詰まり、破綻に向かい始めたら誰も止めることができないのです。

もし財政改善が進まず、財政破綻は避けられないという状況となったとき、日本はどのような行動を取れば、そのインパクトを最小にすることができるのでしょうか。 この命題を考えるには、日本の財政問題がこれまでに財政破綻してきた多くの国の財政問題と比較し特異な構造であることを理解しなければなりません。
それは日本の債務は実質的にほとんど国内の債務であり、そして債券は全額日本円という自国通貨で発行されているという構造です。
これまでに財政破綻した国々は、ロシアを除きほとんどが海外から借りた海外通貨建ての債務(主にUS$)を返せなくなって破綻しました。 それゆえ財政が破綻しインフレが発生しても外貨建ての債務が目減りすることがないので、インフレも止まらず、不況が長期に及ばざるを得なかったのです。
しかし日本は対外純債権国です。それゆえに日本の財政問題は海外から見れば、いうなれば“他人の家の問題”なのです。

日本の財政問題の“他人の家の問題”という構図を、例え話で説明してみましょう。

日本太郎は1405万円の金融資産(家計金融資産1405兆円の例え)を自分名義で持っています。
そして毎月72万円(国・地方のの税収72兆円の例え)を家計費として妻の日本花子(日本政府)に渡しています。
しかし花子はぜいたく嗜好で毎月月末になると30万円ほど足りなくなり(プライマリーバランスの赤字)、足りない金額を旦那に内緒で消費者金融から借りていました。 金利だけで毎月10万円(国債金利)も払っているので、月々40万円も借金が増えています。 そしてついにその借金が1000万円(国公債残高の例え)にもなってしまいました。
とうとう花子は消費者金融業者から「今後貸せるにしてもあと385万円(国公債の消化余力385兆円の例え)が限界です」と言われてしまいました。 ということはこのままの生活を続ければ10ヶ月(10年)で破産することになります。
とりあえず花子は、生活費を切り詰める努力をするわけですが浪費癖を直すことはできず、自分だけで借金を返すのは無理だと観念したとします。さて、この時 花子はどのような行動を取るでしょうか。 

花子が合理的な判断を下すことができるならば答えはただ一つ、「借金は自分ではもう返せないので助けてくれ」と、太郎に泣き付くことです。

太郎としては、毎月の家計費は十分に渡しており、汗水たらして貯めた自分の貯金を妻の借金の返済に使ってしまうことには耐えられない。 しかし花子が破産したら太郎も信頼を失い失業してしまうので、職を失わず自分の預金を守るには離婚しかない。 花子を見捨てるということは、家庭を捨てて一人で生きてゆくことを意味しますが、太郎は愛する家庭を捨てる気にはなれない。 
結局、太郎は致し方なく貯金を切り崩し、花子にとって返済が可能なレベルまで借金を軽減することに同意するでしょう。
もし花子が最後まで借金を続け、破産したら太郎も職を失うので最悪の状況(大不況)となってしまいます。 太郎(国民)が家庭(日本)をすてられないという前提であれば、職を失わず生活を続けるために預金の一部をあきらめることが、太郎(国民)にとっても最良の解決策となるのです。 
よって、太郎は花子に「良くぞ打ち明けてくれた!」と言いながら抱き合って話しの幕が下ります。

この太郎(日本国民)と花子(日本政府)の状況を 他人(海外)が見れば 「 家計全体(日本全体)としてはまだ資産があるのだから大した問題ではない、資産の裏打ちのない借金(対外債務)で苦しんでいる家計(国家)はいくらでもある」、と映るのです。これが、日本の財政問題を海外から見ると“他人の家の問題”であるという「こころ」です。
( 実は、他人(海外)は、花子が太郎に打ち明けられずに破産したとき、花子の持っていた宝石や家財道具(日本の各種資産)を二束三文で手に入れてしまうという日本家の悲劇のストーリーもあるのですが、ここでは触れないことにします。)

“計画的な財政破綻”は、国民から見れば政府の陰謀であり、国民の感情としては受け入れできるものではないでしょう。 また実際に政府や、政府機関がこのようなシナリオを想定して準備を進めているとは思えません。 もし仮に政府が“計画的な財政破綻”を実行に移そうと思っても政府は国民の資産を勝手に接収する権利はないので、国会でそのための法律を立法させる必要があり、技術的にも困難が伴います。
(昭和21年の財産税は、当時の帝国憲法の勅令によって少なくとも表面上は合法的に進めることができましたが、現在の日本の法律には勅令はありません。 ただし、課税を伴わない預金封鎖だけであれば、新しい法律を立法することなく実施することは技術的に可能であると思われます。 スーパーインフレになれば、日本円資産が減価することで実質的に国の借金はなくなり、同時に国民の金融資産もなくなるということになります。)

実際的には“計画的な財政破綻”はフィクションの域を出ないわけですが、しかし、日本の国益(未来の日本国民の利益も含めた国益)を第一義に考えれば、地道な努力による解決が不可能となった状況では “計画的な財政破綻”により一気に政府債務を減らし、日本経済の混乱を最短にすることが最善策であることは明らかです。

現在の状況はすでに、財政が破綻しないように何をすべきなのかという観点だけではなく、財政が破綻した後にどのうに日本の再生を図るのかという議論も進めておかなければならない所に来ているという認識が必要と思います。


( 2010年 8月 )




資料ソース
本論文の数値的な資料はすべて、インターネットで公開されている内閣府、財務省、総務省等からの資料に基づいています。 本論で使用した表は、それらのデータから必要な部分だけを抽出したり、再集計したりしています。
その基になっているデータは下記 Web Siteで入手できます。



内閣府、平成20年度 国民経済計算(93SNA),特に第二部ストック編
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h20-kaku/22annual-report-j.html

財政関係基礎データ(平成22年3月 )
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy_new.htm