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資本主義と経済の粘性 薄型テレビにしろ、DVDにしろ、新製品で儲けられる期間が従来に比べて短くなってきたことで、家電メーカー各社は頭を悩ませています。 それに加え、製品に組み込むソフトの開発コスト、ソフトの不具合による損失のリスクを抱えざるを得なくなっており、収益を圧迫し始めています。 組み込む機能を絞ればコストを圧縮することができますが、売り上げへの影響を考慮するとそれもできないというジレンマに陥っており容易に状況打開の出口は見つけられないようです。 簡単に利益を稼げなくなっている状況は、家電業界に限らず、経済界全体の傾向としてすでに定着したかのようです。 そして、この傾向は、社会で働くほとんどの人に、ストレスの増加という形で負の影響を及ぼしています。 この現象の原因は何かという問いに、一言で答えようとすれば「競争が激しくなったから」、と言うことができると思いますが、それでは、その激しい競争が成り立つようになってしまった経済環境の変化とはどういうものなのかを、少し掘り下げて考えてみたいと思います。 近年の経済環境の変化は、「グローバル化」、「市場至上主義経済」、「IT革命」、「情報革命」、といった言葉で表現されています。 これらの言葉に代表される世の中の傾向を、私は、“経済の粘性(viscosity)の低下”というイメージで捉えています。 水は瞬時に高いところから低いところに流れ込みます。 一方、どろどろとした粘性の高い液体は、高低差があっても重力により平衡状態にまで変化するには時間がかかります。 情報があっという間に伝わり、その情報入手者が情報の価値、利用方法をあっという間に理解し、あっという間に手を打つことで利益を上げる、 そして他者も同じように高い効率で対応するため、あっという間に儲けられない状況に戻ってしまう、というのが現代の経済環境です。 スピードと効率が高いということは、情報の流れ、経済活動の変化が滞らないということであり、その様子を流動体で例えれば “粘性が非常に低い” と表現できます。 水があっという間に低いところに流れ込み水位の差を埋めてしまうというイメージです。 「経済の粘性」は、世界全体が均一ではありません。 多くの人間が関心を寄せる、多くの情報が集まっているところの粘性は低く、だれも見向きもしないところの粘性は高くなります。 ニッチ市場に企業が活路を見出そうとする動きは、粘性の高い領域で収益構造を持続させようという戦略であり、一方企業の「選択と集中」という動きは、経済の粘性が低いところで企業が生き残るために、平衡作用を食い止めるために経営資源を集中させて防波堤を築いてしまうという戦略と例えることができます。 それぞれの企業にも、粘性の高い企業、低い企業があります。 情報を効率的に評価、処理できない会社、社員のコミュニケーションがスムーズでない会社は「企業粘性」の高い会社と言えます。 一方、組織が一つにまとまり、組織内での情報評価、意思決定のタイムロスが少ない企業が「企業粘性」の低い会社です。 日本国内だけの情報に対応するだけでは生き残ってゆけない経済状況のなかでは、海外発信の情報にも抵抗なく瞬時に反応できる能力が求められますが、こういった企業の底力も、企業粘性が高い、低いという言葉で表現することができます。 日本の企業は全般的に意思決定のスピードが遅いと言われます。 また 英語が世界の共通言語となっているビジネスの世界で、日本の企業はもともとかなりのハンディキャップを背負っています。 日本の企業は大企業も含めて、全般的に企業の粘性は高いのです。 経済のボーダレス化が加速する中で、そして中心となる産業が、製造などのハードの産業からITやサービス業などのソフトの産業にシフトしてゆく環境下で、企業粘性の重要性はますます高まっていくでしょう。 このような認識をもって障害を少しずつ取り除いてゆく努力をしなければ、日本企業と欧米企業との粘性の格差は開いてゆき、最終的には致命的な欠陥となるのではないかと懸念します。 日本人はコンセンサスを大切にします。 意思決定の後に、強い推進力が得られるという点ではコンセンサスを重視することは決して悪いことではありません。 しかし意思決定のスピードという点ではどうしても非効率な面があります。 企業の舵取りの方法でスピード経営に適しているのは、試行錯誤による方法です。 トップの決断で行動を起こし、欠陥が見つかればその都度問題点を潰してゆく事によって、軌道修正をする方法です。 いわゆるサイバネティックス(Cybernetics)的なアプローチです。 日本人は企業経営において試行錯誤による選択方法(The method of try and error)をあまり積極的に利用しません。 問題にが発生した時の日本の組織の対処パターンは、誰かが集中的に責任を取らされるような事態を回避することを優先するという行動パターンです。 それは、日本人の中に “失敗はその人の不徳に起因するもの” という発想がどこかにくあり、欧米のように “人間はもともと生まれつき罪深く、不完全なものなので、判断ミスはある程度避けられない” という考え方をしないところに根があるような気がします。 企業という組織が、優れた意思決定を、短期間に行うためには、議論のスキルも高くなければできません。日本人は、議論が苦手だと言われますが、これも日本人の意識の奥深くに、“失敗は不徳に起因するもの” という観念があるからではないでしょうか。 欧米人は自分のなかで整合が取れていない考えであっても、気にせずに自分の現時点の考えとして意見を述べます。 議論のなかで自分の意見が修正されてゆくことは、全く恥ではない、むしろそれが議論というものだ、という発想なのです。 一方、日本人は、人の意見によって自分の意見を修正することは恥ずかしいことだ、という発想があり、確信のもてない意見を容易に口にしようとしません。 それゆえ、事前に考えをすり合わせるコンセンサスという作業が必要になってくるのです。 日本人は、日本語という言語の構造が論理的でないので議論が苦手なのだ、とよく言われますが、欧米人のように不完全でも自分の意見をしっかり述べるということができない気質も、議論が苦手な大きな原因ではないかと思います。 この欧米的な思考回路が、日本的な思考回路より総体的に優れているとは決して思いません。 しかし、今後、経済のグローバル化がさらに進み、経済全体の粘性がどんどん低くなってゆく状況では、日本的なアプローチは、そのスピードにおいてどうしても不利になってしまうということです。 日本人、日本企業が、粘性を下げてゆくことは、日本的な気質を捨てることを意味するものではありません。 英語を勉強すれば2ヶ国語を話せるようになります。 同じように、欧米的な発想に触れ、吸収することで、日本的なアプローチと欧米的なアプローチの両方を使い分けられる両刀使いになることができます。 海外と関わる日本のビジネスマンは百万人規模になっていますが、(現場の意見としては)両刀使いのビジネスマンはほんの一握りしかいません。 今後、少なくとも企業で中心的な役割を担う人間が両刀使いになってゆかないと、いくら世界の人がほしがる良い製品を作り続けることができたにしても、欧米人だけでなく、欧米人でも手を焼く中国人やインド人の強力な独善的ロジックに、苦渋をなめされられる経験が永遠と続くことになるでしょう。 水が低いところに流れ込む力は “重力” です。 一方、経済活動を支配している根源的な力は “人間の欲” です。 人間の欲の強さは、太古から大して変わっていないと想像しますが、昔は、宗教とか、倫理観とか、慣習とか、伝統とか、親の目とかによって自制を余儀なくされていました。 しかし、経済的、金銭的な判断基準が、巾を利かせるようになったことで、 “欲” のパワーが正当化され、どんどん開放されているのが今の状況であると言えます。 経済粘性の低下と “欲” のパワーの開放は、ほとんどイコールで結べる関係です。つまり経済粘性が低下することで欲が開放され、開放された欲がさらに粘性を下げてゆくということです。 “欲”が生み出すパワーは非常に強力であることに疑いの余地はありません。しかし、それゆえに自制が効かず、身勝手な行動に結びつき易いという大きな欠点があることを忘れてはいけません。 粘性の低い経済環境では、競争者との優位性の差は常に小さいので、いつちょっとした状況の変化で儲けられなくなるか分からないという厳しさがあります。 よって、どうしても “儲けられるときに、できるだけ儲ける.”という姿勢になってしまいます。 結果的に、従業員の給与はできるだけ抑える、社会的貢献は企業価値を高められる可能性においてのみ進める、といった行動が致し方ない行動として正当化されてしまうことになります。 また粘性の低い経済環境は、企業の努力がなかなか報われない環境なので、正攻法ではない方法で利益を上げようという動きも助長してしまいます。 何とか楽に利益を上げるための仕掛けを作ろうというモティベーションが働くのはある意味自然なことですが、問題は大企業だけ有利になる可能性があることです。 合併により寡占状況を作り出すとか、自社に都合のよいデフォルトスタンダードを作り上げようという動きが例として挙げられます。 “欲” を原動力とする資本主義経済は、そのパワーはすごいですが、それゆえに自然に秩序が維持されるようなシステムを作るには荒っぽすぎると言えるかも知れません。 “儲けられるときに、できる限り儲ける”という傾向が強い、粘性の低い経済環境がもたらす社会は、「格差の社会」です。 貧富の格差はアメリカ国内だけでなく、世界すべての国々の傾向となっています。 また、中国、インドは、自国の特徴を生かして低い粘性の経済構造のなかに自らを組み入れることにより高い成長を維持していますが、役割がないと見なされた発展途上国と先進国との経済格差はますます広がるばかりです。 個人、国家間の経済格差は、世界の秩序を保つという観点から見れば明らかに、不安定要因ですので、現在のような、粘性の極度に低い資本主義社会が、長期的、安定的に発展することは難しいのではないかと考えます。 粘性が危険なまでに低下してしまっている世界が、世界金融市場です。 オフショア取引など、ほとんど誰からも規制を受けないボーダーレス金融取引が巨大化し、実体経済とは結びつかないバーチャルな金融が、世界金融の大部分を占めるようになってしまいました。 例えば、為替取引は、世界で一日当たりに取引される額がUS1兆―1.5兆ドルといわれますが、一方、実体経済である貿易取引額は、一日当たりUS500億からUS1000億ドル程度しかないことからすると、実に9割以上がバーチャルな取引であることが分かります。 実物の取引を伴う売買であろうが、バーチャルな売買であろうが市場に与える影響は同じですので、バーチャルな取引が主役となった市場は、実物経済そのものではなく、その動きに対する思惑により過激に浮き沈みすることになります。 世界中を飛び回る大量の情報に瞬時に反応して、バーチャルな取引が積みあがる国際金融市場の経済粘性は、すでに限りなくゼロに近いと言えるのではないでしょうか。 97年のアジア通貨危機で国際金融の脆弱性が指摘され、デリバティブ取引の実態把握など、バーチャルな取引の監視体制の整備と共に、時勢にあった国際金融システムへの見直しを訴える声が強まりましたが、IMFにしろ、アメリカにしろ、世界をリードして改善を図ろうとする政治的エネルギーを持ち合わせている国家、組織は世界中どこにも存在しません。 世界金融市場の脆弱性の問題は、顕在化したときのインパクトが恐ろしく大きいにも関わらす、当分だれも手をつけることはなさそうです。 結局、97年以降も何も対策が講じられないまま、バーチャルな金融取引は巨大化し続けています。 ヘッジ・ファンドの残高はすでにUS1兆ドルを超えたといわれます。 ヘッジファンドの怖いところは、投資家から得た資金を元手に何倍もの借り入れを行い、さらにその何倍もの規模のデリバティブ契約で運用することです。ヘッジファンドの運用方法も多様化してきており、ヘッジファンド全体としての性格は97年当時とは大分異なってきているようですが、取引規模が巨額なだけに、市場を揺るがす大きな事件が発生した際に、ヘッジファンドの破綻が金融システムを麻痺させる可能性は否定できません。 10年以上も前から、市場至上主義はうまく機能しないと多くの経済人、知識人が指摘しています。 ヘッジ・ファンドの代表者のような存在となったジョージ・ソロスも、「人間は常に正しい状況判断をするものではない(人間の誤謬性=Fallibility)ので、神の見えざる手による調整力(市場の需給による調整力)には限界がある。市場万能主義は間違いである。」という趣旨のことを述べていますが、そのような見方で、現在世の中で起こっている事象を眺めてみると、ソロスの言葉は核心を突いていると感じます。 経済の粘性が、低くなれば低くなるほど、経済の参加者たる人間の不完全さが、大きな問題を引き起こしやすい状況が生まれます。 今後、貧困の問題の深刻化や、経済格差を背景とした大きな紛争や、世界金融市場の信用不安の発生といったことがきっかけになって、いつかの時点で、極度に低い経済粘性が、世界秩序に対する最大の脅威であるという認識が広がるという気がします。 経済効率と人の幸福を秤にかけたら、やはり人の幸福の方に傾くでしょう。その認識があれば、粘性が低いことによる負の影響を人為的に押さえ込むルール作りは、世界のリーダーが最大の懸案事項として取り組むべき課題ではないでしょうか。。 先に述べたように、大部分の欧米人は、「人間は不完全な存在だから、判断ミスはしょうがない、常にベスト目指せばそれでよい」という考え方をします。 また「利害をぶつけ合うことは、正しい利害調整に不可欠なプロセスである」というのが普通の考え方です。 一方、日本人は、「人間は不完全なのだから、謙虚に行動しなければならない。」、「欲は周りとのバランスを考えて自制すべきもの」という考え方に共感を覚えます。 過度に粘性の低い経済環境に慣れっこになりつつある我々に必要な感覚とは、まさに「人間は不完全であり、その分謙虚であるべし。」というものではないでしょうか。 将来、経済の粘性低下の急激な流れを反省するときが来たならば、日本人的な思考パターンがよりサステインナブルであるということで注目を集めることになると想像しています。 ( 2005年 12月 )
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